診療・治療
key words
子宮内膜刺激胚移植法(SEET)、胚盤胞移植、着床率、妊娠率
背景
生殖補助医療における反復不成功例のなかに、形態良好胚を移植しているにもかかわらず妊娠にいたらない着床不全症例が存在する。着床不全の原因のうち、子宮および卵管側の器質的要因として子宮粘膜下筋腫、子宮内膜ポリープ、子宮内膜症、子宮奇形、卵管水腫などが挙げられる。一方、機能的要因として性ステロイドホルモンや胚因子の刺激に対する子宮内膜の反応異常に起因する胚受容能の異常がなど考えられている(1)。これらのうち胚由来因子の欠如または減少による子宮内膜の胚受容能の低下に起因する着床率低下を改善する方法として、1999年に滋賀医科大学にて二段階胚移植が考案された(2,3)。二段階胚移植は着床周辺期の胚と子宮内膜はシグナル交換(クロストーク)をしており、胚は着床に向けて子宮内膜の局所環境を修飾していることを示したマウスを用いた基礎研究に基づいている(4-6)。二段階胚移植法ではday2に初期胚を移植し、残りの胚は培養を継続し、引き続きday5に胚盤胞を移植する。初期胚にはクロストークにより子宮内膜の胚受容能を高める働きを期待し、継続培養によって選択された胚盤胞がより高い確率で着床することを期待している。以来、特に反復ART不成功例に対する移植方法として他施設にても用いられ良好な成績を挙げており、誌上報告もなされている(7-9)。しかしながら、二段階胚移植法は少なくとも胚を2個移植するため多胎の問題を回避することはできなかった。近年、多胎予防を目的として単一胚移植が推奨されるようになってきた。単一胚移植を行う場合は、初期胚移植か胚盤胞移植のいずれかを行うことになるが、これらの移植方法では二段階胚移植法のように胚と子宮内膜の相互作用を利用することができない。この問題を克服するために新たに考案した方法が子宮内膜刺激胚移植法:Stimulation of Endometrium –Embryo Transfer; (SEET)(10,11)である。
近年、胚培養液上清には子宮内膜胚受容能促進に関与する胚由来因子が存在することが報告されている(12.13)。そこで、胚培養液上清を子宮腔内に注入することにより子宮内膜が刺激を受け、胚受容に適した環境に修飾される可能性があると考え、胚盤胞移植(BT)に先立ち胚培養液上清を子宮腔内に注入する方法を考案し、これを子宮内膜刺激胚移植法:Stimulation of Endometrium –Embryo Transfer; SEETと命名した。SEETでは、二段階胚移植法における一段階目に移植する初期胚の代わりに胚培養液上清を子宮に注入することにより、培養液中の胚由来因子により子宮内膜の分化誘導の促進が期待でき、かつ、移植胚数は胚盤胞1個に制限することが可能となり、多胎の問題を克服することができる。本稿では新しい移植法であるSEETについて紹介したい。
子宮内膜刺激胚移植法
Stimulation of Endometrium –Embryo Transfer; SEET
SEETは胚培養液上清を子宮腔内に注入し、その3日後に凍結融解胚盤胞移植を行う胚移植法である(10.11)。当院では原則としてホルモン補充周期での移植としている。
<SEETの方法>
採卵周期に胚盤胞を凍結保存する。さらに同周期に患者自身の胚を受精後2〜5日目まで培養した培養液(初期胚から胚盤胞まで培養した培養液)を-20℃で凍結保存しておく。当院では胚は50μlのスポットで培養しているので凍結保存できる培養液量は一症例につき約20〜30μlである。
以下に胚培養、胚凍結融解方法、融解胚移植プロトコールを示す。
① 胚培養
採卵から受精確認まではUniversal IVF Mediumにて、受精確認後はBlastAssist System Medium1にて、後期培養はBlastAssist System Medium2(以上すべてMediCult a/s, Jyllinge, Denmark)にて培養する。培養条件は5%CO2、5% O2、90%N2、37℃、湿度100%で行う。
②胚凍結・融解
胚の凍結は、VITRIFICATION KIT vitrification media(KITAZATO, Shizuoka, Japan)を用いて行う。胚を平衡化液にて平衡させたのち、ガラス化液に投入し、少量のガラス化液と共にクライオトップ(KITAZATO, Shizuoka, Japan)上にのせ、液体窒素中に投入する。胚の融解は、VITRIFICATION KIT thawing media(KITAZATO, Shizuoka, Japan)を用いて行う。37℃の融解液にクライオトップの先端を浸漬し、次に希釈液、洗浄液の順に胚を投入し処理する。融解後の胚はBlastAssist System 2を用いて培養し移植に用いる。
③胚移植プロトコール
融解胚移植周期はホルモン調節周期にておこなう。エストラダームMを月経周期2日目(day2)から貼付開始後漸増し、day15よりプロゲステロン膣座薬(600mg/日)とデュファストン(3錠/日)を併用して内膜調整を行う。
ホルモン調節した融解胚移植周期のday17に凍結していた培養液を融解し20μlを移植用カテーテルを用いて子宮腔に注入し、引き続き、day20に胚盤胞を移植する(図1)。
<SEETの成績>
(1)ART反復不成功症例に対してSEETは胚盤胞移植より妊娠率が高い。
ART反復不成功例に対して、同意を得てSEETを施行し、胚盤胞移植(BT)周期と成績を比較した。その結果、SEETはBTと比較して有意に妊娠率および着床率が高かった。さらに、胎児心拍が確認できた周期の妊娠判定日(day30)の血中hCG値はSEETがBTより有意に高かった(表1)(10)。
(2)初回ARTでhigh grade胚盤胞を移植する場合、SEETは胚盤胞移植より妊娠率が高い。
初回採卵周期に全胚凍結を行い凍結胚盤胞が得られ研究に同意した144例を対象としRandomized, controlled trial をおこなった。BT群48例、市販培養液を子宮注入後に胚盤胞を移植するST群48例、SEET群48例の3群に無作為に分け前方視的に検討を行ったところ、high gradeな胚盤胞を移植した症例での臨床妊娠率は、BT群56.0%、ST群69.0%、SEET群80.0%となり、SEET群はBT群より有意に高率だった(表2、3)(11)。
終わりに
胚盤胞移植は継続培養により移植胚の選択が容易になることや、胚発生と子宮内膜が同調することなどにより、高い着床率を得ることができるとされる移植方法である。しかしながら、その妊娠率は50%前後にとどまっている。胚盤胞移植における着床不全の機能的原因として、移植胚盤胞の子宮内での発生停止や透明帯から孵化できないなどの胚に起因する要因と、子宮環境の不全による要因などが考えられる(1)。
着床に適切な子宮内膜の分化、すなわちimplantation windowは性ステロイドホルモンの制御のみならず、胚と子宮内膜のクロストークによって導き出されると考えられており、クロストークは初期胚の段階からなされているとも考えられている。ところが、ホルモン調節周
期における胚盤胞移植では、性ステロイドによる子宮内膜の分化は行われているものの、胚盤胞が移植されて初めてクロストークが開始するため、子宮内膜の着床準備が遅れ、着床不全が起き妊娠不成立となる、または着床遅延が生じている可能性がある。Zhang らはday3移植例とday5移植例の妊娠周期でのhCG濃度を比較し、day5の方が低値であることを報告している(14)。かれらは、day5移植例のhCG濃度が低値であるのは長期培養による胚へのダメージが原因であると考察しているが、胚と子宮内膜のクロストークの開始がday5移植ではday3移植に比べて遅れるために生じたことに起因する着床遅延によるものと考えることもできよう。私どもの研究においても、妊娠判定日(day30)におけるhCG値がSEETではBTと比べ有意に高値となったことより、BTに対し、SEETでは培養液注入時よりクロストークが開始するため、適時着床が成立しBTと比較して着床時期が早くなったことが推察できる。SEETは胚由来因子により子宮内膜のimplantation windowに作用し胚受容能を亢進している可能性があると考えている。
SEETは簡便で副作用もなく、BTと比較して妊娠率・着床率が高くなるため、臨床的に有用な移植法となりうると考えている。
図1文献
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2.Goto S, Takebayashi K, Shiotani M. et al.: Effectiveness of 2-step (consecutive) embryo transfer. Comparison with cleavage-stage transfer. J Reprod Med 2003; 48: 370-4.
3.Goto S, Shiotani M., Kitagawa M. et al. : Effectiveness of two-step (consecutive) embryo transfer in patients who have two embryos on day 2: comparison with cleavage-stage embryo transfer. Fertil. Steril. 83: 721-723, 2005
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5. 石 紅、後藤 栄、廣瀬雅哉 他:in vitroマウス着床モデルによる脱落膜細胞・胚相互作用の解析. 産婦人科の進歩50:180-194, 1998.
6. Wakuda K, Takakura K, Nakanishi K, Kita N, Shi H, Hirose M, Noda Y. Embryo-dependent induction of embryo receptivity in the mouse endometrium. J Reprod Fertil 1999;115:315-24.
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9. Almog B, Levin I, Wagman I, Kapustiansky R, Schwartz T, Mey-Raz N, Amit A, Azem F. Interval double transfer improves treatment success in patients with repeated IVF/ET failures. J Assist Reprod Genet. 2008 ;25(8):353-7.
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