英ウィメンズクリニック

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研究開発・学会発表

診療・治療

日本卵子学会 第6回生殖補助医療胚培養士セミナープログラム

  • 良好胚を得るための工夫~クオリティコントロールを中心に~
  • 平成26 年10 月5 日 臨時研修室 (TFTビル )
  • 日本卵子学会 第6回生殖補助医療胚培養士セミナープログラム
  • 緒方洋美

【はじめに】


 高度生殖補助医療(ART)において、胚培養士が果たす役割は極めて重要といえる。特に、高い治療成績を維持するためには、採卵から受精、胚培養、そして胚移植に至るまでのARTの全てのステップにおいて、配偶子、あるいは胚に余分なストレスを与えないよう常に細心の注意を払うべきである。そして、安定した成績を得るためには高いレベルのクオリティコントロールが求められる。本講演では、良好胚を得るための工夫とクオリティコントロールについて、当院の事例を混じえながら解説する。

【良好胚を得るためのハードとは】


<培養室環境>


1,培養室の清浄度
 培養室内は、空気中の浮遊微小粒子や浮遊微生物によって培養環境が汚染されることのないよう、できればクリーンルームである事が望ましい1) 。当院の培養室は、アメリカ連邦規格209Dクラス1000の清浄度を想定して設計されており、入室用エアシャワーを備え、ヘパフィルターの設置、陽圧設定、定期的なフィルターの清掃や交換を行っている。現在まで、当院では、培養室でのカビなどの雑菌によるコンタミネーションは皆無である。しかし良好胚を得るためにどの程度の清浄度が必要とされるのか、明確な基準は定まっていない。大切なことは、胚培養液のコンタミネーションを防ぐ事である。そのためには培養室の清浄度よりも胚培養士の熟練した技術、操作がより重要である。

2,培養室の照明
 光は卵子、胚に悪影響を与える可能性がある。Nodaらは、採卵から胚操作において低照度で実施することで、胚盤胞発生率が向上したと報告している 2)。また、Takenakaらは蛍光灯の照射がマウス胚盤胞の細胞アポトーシスを増加させることを報告している3)。一般的に蛍光灯は400nmから650nmの幅広い波長の光が照射されており、特に450nmよりも波長の短い光は細胞に有害作用が懸念される。受精、培養過程において卵子、胚が長時間光に暴露されることはないかもしれないが、できれば培養室の照明にも注意を払いたい。当院ではこの観点から、採卵室、培養室の照明には白色LEDを使用している。

<培養器>


1,培養器の管理
培養器内の温度、ガス濃度などの環境は卵子、精子、胚にとってダイレクトに影響するため、培養器のクオリティコントロールの重要性は改めて述べるまでもないだろう。当院では培養器のクオリティコントロールとして、培養器に備わっている各種センサーの表示値の毎日の記録管理のみならず、1回/週で実測値とセンサーの表示値の誤差の有無をチェックしている。更に、培養器内に設置されているセンサーについては、メーカーによる定期的なチェックを受けている。しかしながら、このような体制だけでは、突発的な培養器の不具合には対応できない。そこで、インキュベーター監視システム(ASTEC社)を導入して、24時間監視体制をしき、監視システムが培養器センサーに異常値を検知した場合には、培養部門部長、院長、理事長の携帯電話にアラームメールが送信され、突発的な不具合にも対応がとれるようになっている。

2,培養器の種類
現在、胚培養に用いられている培養器には、湿度、ガス環境、大きさなどが異なる30種類以上の培養器が発売されている。培養器の分類として、培養器内を加湿する加湿型および加湿をしない無加湿型がある。従来は、培養液の蒸発による浸透圧変化をさける為に加湿されているタイプが使用されてきたが、近年では、カビの繁殖を抑制できる無加湿型培養器も発売されている。無加湿型を使用する場合には、培養時にミネラルオイルにて培養液をカバーすることが必須となる。ガス環境は、CO2ガスとN2ガスを別ラインで供給するタイプとCO2ガスとN2ガスおよびO2ガスを混合させた状態で供給するタイプとがある。大きさには、大型のBOX(150-200L)タイプおよび小型のBOX(14-48L)タイプ、更に、超小型で培養器の扉を上方向から開閉するベンチトップ/トップロードタイプ(0.31-0.5L)などある。ベンチトップ/トップロードタイプは、容量も小さくドアの開閉におけるガス環境および温度の回復が早いとされている4) 5)。一方で、培養成績および妊娠率と培養器との関連を示す報告はいくつか散見されるものの、どの培養器の種類がよいかは明らかではないとSwainらは報告している6)。
どの培養器を選択するかは、自施設の培養室の広さおよび採卵数などを考慮し選択すべきであり、大事なことはどの培養器を使用するにしても徹底したクオリティコントロールを行っていくことである7)。

<胚の観察システム>


1,観察システムの工夫
卵子、胚を取り扱う際には、温度変化やpH変化を最小限に留めたい。そのためには、検卵、媒精、顕微授精操作、受精判定、胚の観察などの一連の操作に熟練し、手早くスムースに操作ができるようになることが重要である。当院では、検卵、媒精、受精判定、胚の観察等にあたっては、新生児用の保育器(クベース)の中に格納した実体顕微鏡を用いて行い、クベース内の温度、炭酸ガス濃度を適正に保つことによって、卵子や胚にあたえる温度変化、pH変化をより少なくするようにしている。胚の画像記録にあたっては、このクベース内に格納した実体顕微鏡を用いて撮影している。これらの撮影操作はマウスをクリックするだけで可能であり、迅速に行えるようになっている。

2,タイムラプス観察システムの導入
近年、タイムラプス観察システムを用いることで、培養器外に胚を取り出すことなく胚の観察を実施することが可能となった。このシステムを使用することで、観察による胚へのストレスを軽減できる可能性がある。さらに、今までの観察方法では観察できなかった受精や分割のタイミングの時間を観察することで、より良好な胚を選別できるという報告もされてきている8) 。当院ではEmbryo ScopeTM Time-Lapse System (Unisense FertiliTech 社)1台、Primo Vision Time-Lapse Embryo Monitoring System(Vitrolife社)6台を導入して受精および分割の時間を指標に、胚盤胞発生率や妊娠成績を検討している。

<培養液>


1,培養液の選択
卵子、精子、胚の培養に用いる 培養液の選択は治療成績を左右する重要なステップである。多種類の培養液が市販されている。大きく分けてワンステップタイプとシークエンシャルタイプがあるが、培養液のそれぞれの特徴を踏まえ自施設のシステムおよび培養環境に合うものを選択することが重要である。当院では、現在、ワンステップタイプを主に使用し、バックアップとしてシークエンシャルタイプを用意している。培養液の選定に当たっては、定期的に培養液毎の治療成績を比較検討したうえで、より成績の良い培養液を主培養液として採用している。言うまでもないが、培養液に添加する血清や、培養に使用するミネラルオイルも培養成績に大きな影響を与えることを認識しなければならない。

2,培養液の管理
使用する培養液や血清、ミネラルオイル等の記録、管理も重要である。記録するべき項目は、入荷日、開封日、使用期限、Lot番号などである。当院では、新しい培養液を開封する際には培養器で平衡させた後にpH測定を実施し、目的とするpH値が得られている事を確認している。

3,リコンビナントヒアルロニダーゼ
顕微授精にあたっては顆粒膜細胞を取り除き卵子裸化処理を行う必要がある。この裸化処理には、顆粒膜細胞を除去し易くするためヒアルロニダーゼ処理が行われる。この処理に用いられるヒアルロニダーゼには、リコンビナントタイプとウシ由来のいずれかが使用されている。当院でウシ由来ヒアルロニダーゼとリコンビナントヒアルロニダーゼを比較検討した結果、有意差は認めなかったものの、良好胚盤胞率において、リコンビナントヒアルロニダーゼの方が高い傾向が見られた9)。また、リコンビナントタイプはウシ由来と比較して、ウィルス感染の危険性が低い、不純物が少ない、製品の純度が高い、Lot間による製品間の差が無い、などの利点が報告されている10)。当院ではこれらの利点に注目し、卵子裸化処理にはリコンビナントタイプを使用している。

<培養成績、治療成績>


1,培養成績、治療成績の管理
培養器の不具合や培養液、ミネラルオイル等の不具合は直接的に培養成績、ひいては治療成績に影響を及ぼすものである。実際にこれらの不具合によって治療成績の低下を招くような事のないよう、普段から慎重なクオリティコントロールが重要であるが、万が一にそのような事態が発生した場合には可及的速やかに原因を発見し対策を講じる事が重要である。当院では日々培養成績の変動に注意を払いつつ、週間培養成績と月間培養成績を培養環境担当リーダー、培養部門部長、理事長に報告するシステムをとっている。

2,培養士の技術管理
培養士が行う技術の中でも顕微授精および凍結・融解は、個々の培養士における技術差を生じやすく、また、個人の技量が培養成績および治療成績に大きな影響を与えることが懸念される。そこで、当院では、これらの技術に関して、たとえキャリアが10年以上の熟練した培養士においても、個々の培養士の技術確認(1回/2ヵ月)を実施している。更に、顕微授精では、受精率、変性率を、凍結・融解においては、生存率の確認(1回/1カ月)を実施し、安定した成績となるように努めている。

【最後に】


挙児を希望する患者の希望を叶えるために、胚培養士には良好胚を得るためのあらゆる努力が求められている。特に培養室の環境や培養液等のクオリティコントロールは重要である。胚培養においては、採卵から胚移植までの全ての過程の一つ一つのステップにおけるきめ細かい注意が、積もり積もって最終的に大きな差となる可能性があることを念頭に置くべきである。また、これら個々のシステムを適切に維持していくためには、培養士教育、部門内分担や人的配置などを含めた、「ラボ(培養部門)」全体としてのシステムを適切に構築・維持していくことが重要と考える。


 

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