診療・治療
【はじめに】
卵巣形成不全、原発性卵巣機能不全(早発閉経)、卵巣摘出術後等の患者のみならず、加齢に伴う卵巣反応性低下により自己卵子での妊娠を望めなくなった患者など、妊娠するためには卵子提供を受ける以外に方法の無い患者に直面することは少なくない。卵子提供治療について、当院に通院する不妊治療中の患者にアンケート調査を行ったところ、69%の患者が我が国でも積極的に実施されるべきであると回答した。同様のアンケートを一般の妊婦にも行ったが、ほぼ同様の結果であった。このことから、不妊患者のみならず一般女性の大半が卵子提供治療を容認している実態が浮かび上がる。
【卵子提供治療における我が国の現状】
1985年、我が国では45才以上の母親から245人の出生が報告されている。一方2011年にはその数は843人と3倍以上となっている。45才以上になると自己卵子での妊娠は容易ではないことを考慮すると、この増加の大部分は若年時の凍結胚を利用したものと考えられるが、卵子提供治療による出生数の増加も背景にあるものと推察される。一方、わが国では1983年に日産婦から出された「体外受精・胚移植」に関する見解を尊重し、第三者配偶子の使用は施行しないこととして自主規制しているため国内での治療の受け皿は限定されている。したがって卵子提供による治療を望む夫婦の多くは、治療先を求めて海外に渡航しているのが現状である。
【日本生殖医学会の提言】
2009年に日本生殖医学会の倫理委員会から「第三者配偶子を用いる生殖医療についての提言」が報告された。この提言によれば、多くの国民が第三者配偶子を用いる生殖医療に肯定的な意見を持っている現状とこの医療を必要とする患者の存在を踏まえ、「医学的適応の限定、十分な情報提供と同意の任意性の確保、治療によって生まれる子の出自を知る権利への配慮など厳密な条件を設定した上で提供配偶子を使用することの合理性は十分ある」 「卵子提供者は匿名の第三者を優先する。しかし匿名提供者の確保は現実にはきわめて困難であることから本人の実姉妹や知人などからの提供も可能とする」としている。しかし、実際の実施にあたっては法的親子関係を明確化する法律(親子法)の整備、および公的機関による文書と情報すべての80年間におよぶ保管を前提条件としており、これらが整っていない現状では国内で広く治療が開始される状況では無い。
【JISARTによる非配偶者間体外受精実施の経緯】
2003年、厚生科学審議会は、医学的適応がある場合に限って匿名の第三者配偶子を用いる生殖医療を条件付きで容認すると報告した。しかし患者は条件とされた制度整備を待つ間に年を重ね貴重な機会が失われて行く状況が続いた。また匿名かつ無償での卵子提供者を見つける事は非常に困難な状況であった。そのような中、2006年、JISART会員施設から知人からの卵子提供のケース、および姉妹からの卵子提供のケースの実施要請があった。JISART倫理委員会では9回におよぶ審議を重ね、2007年にこの2ケースの実施を承認した。実施に当たっては日本産科婦人科学会、日本学術会議、厚生労働省母子保険課に対して実施の可否の判断を仰ぐこととした。しかしその後日本学術会議ではこの申請について審議されることが無かった。JISART理事会は、実施を待っている患者および提供者をこれ以上待たせるわけには行かないとの判断から2008年、治療の実施容認に踏み切った。そして治療の結果、幸いこの2例ともに出産に至っており、経過は順調である。その後、JISARTでは、2008年に精子・卵子の提供による非配偶者間体外受精に関するガイドラインを策定、公表した。現在JIARTに所属する施設のうち5施設では、このガイドラインに基づき、ISART倫理委員会で承認された症例において顕名の提供卵子による生殖補助医療を実施している。現在までに44件の申請、そのうち43件が承認され、47周期の採卵、44周期の移植、41周期の妊娠、19例の出産を得ている。
【終わりに】
国内での治療の門戸が閉ざされた状況下、卵子提供を希望する多くの夫婦は海外渡航をせざるを得ない状況が続いている。これら患者の中には十分なカウンセリングを受ける事無く、また生まれてくる子の福祉にたいする十分な配慮がなされていないケースもあることが懸念される。また、患者の高齢化に伴い、貴重な治療のタイミングを逸しているケースもある。制度整備の早急な実現が望まれる。