人工授精や体外受精を行う時の精子の調整には、遠心分離を用いることが一般的です。当院でも体外受
精においては、密度勾配遠心分離法(パーコール法などとも呼ばれています)を用いて精子調整を行っています。調整液(パーコール液)などの上に精液を充填し、遠心分離機にかけることで密度の高い精子を集めることができます。この方法では精液中の不純物をある程度取り除き、運動性が良好な精子を濃縮して集めることができます。しかし、遠心分離機で高速の回転をかけることで精子に対して物理的ダメージを与えることや精子のDNA損傷の増加が懸念されてきました。(図1)
そこで遠心分離を行うことなく運動精子を回収する方法のひとつとして、Migration-Gravity Sedimentation Method(以下:MS)管を用いた方法が提案されました。MS管は1983年に報告された運動精子選別装置です。運動性の良好な精子は、精液を満たした部分から前進し、壁に当たると方向を変えてまた直進していくことを利用し調整を行います。しかし、従来のMS管では回収できる精子数が少なくなってしまうなどの問題がありました。
「ミグリス」はこのMS管と同じ原理を利用し、従来の装置よりもさらに精子回収効率を改良させた装置です。ミグリスもMS管と同様の構造を有していて、外側に精液を充填し、その上から覆うように精子調整液を満たした状態で静置すると、運動精子のみが壁を乗り越えて中央の底に集まります。そして底に集まった精子を針付きのシリンジなどで回収することにより、遠心分離を行わずに精子調整ができます。(図2)
ミグリスによる精子調整では遠心分離を行わないため、従来の遠心分離を用いた方法よりも精子への物理的ダメージが少なく、精子にやさしい精子調整方法となります。また、精子自体の運動性を利用して回収しているので集まった精子は運動性の高いものが多くなります。しかし遠心分離を行う場合よりも回収できる総精子量は少なくなるため、高度乏精子症(精子の数が少ない場合)や精子無力症(精子の運動性が低い場合)などは精子が集まらなくなってしまうといったリスクもあります。密度勾配遠心分離法もミグリスを用いた調整法も、どちらにもそれぞれのメリット、デメリットがあるのです。
当院では精子のDNA損傷率が高い方や反復不成功の方などに採卵時の精子調整をミグリスで行うことを医師から提案させていただいています。
今後もより良い精子調整法を皆様に提供できるよう検討を重ねてまいります。
培養部門 鈴木 理恵